アマゾンを拓く=移住80年今昔=【パリンチンス/ヴィラ・アマゾニア編】=《1》=武富会長「日本人の歴史残したい」=八紘会館再建への夢=9月にはジュート記念碑建立も
奇祭と呼ばれるアマゾンのカーニバル「ボイ・ブンバ」で世界的に有名となったパリンチンス。六月末には多くの観光客が訪れる町だが、かつてアマゾン経済を潤したジュート(黄麻)栽培の発信地であり、その先鞭をつけたのが日本人だった。一九三〇年、現地を視察した上塚司(1890〜1978)は、後にアマゾニア産業研究所を設立。パリンチンス下流の土地をヴィラ・アマゾニアと名付け、〃理想郷〃建設に乗りだした。日本側では開拓の人材育成を目的に、国士舘高等拓殖学校(後の日本高等拓殖学校)を開校、三一年から卒業生(通称・高拓生)約二百五十人を送り出している。今。パリンチンスでもその歴史を知る人は少ない。〃兵どもが夢の跡〃を訪ねた。(堀江剛史記者) |
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写真=「アマゾン発展に貢献した日本人の足跡を残したい」。地道な活動を続ける武富マリオ会長
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